十勝清水町 酪農家 境野 恭照(さかいの やすてる)さん(左)
JA十勝清水町 畜産部 部長 若原 幸雄さん(右)
「人命が最優先、被災の確認は落ち着いてから」
この記事は2023年8月1日に掲載された情報となります。
2016年8月、四つの台風が相次いで北海道に上陸、接近しました。十勝では豪雨により河川が氾濫。清水町では橋や道路が損壊、牛舎や住宅も流されました。多くの人が協力して再生への道を歩んだ現場で実感したことは「命の大切さ」でした。
予想もしない状況に
「川の水が濁って異様なうねりだったけど、危機感はあまりなかったね」
7年前の水害をそう振り返るのは、清水町の酪農家、境野恭照さん。道路を横断するように雨水が流れていたものの、そのまま就寝。目が覚めた朝3時半ごろにはごうごうと水の流れる音が聞こえたと言います。
「明るくなってみたら住宅裏の放牧地まで水が上がって、牧草ロールがごろごろ流されてた」
幸い自宅と牛舎は高い場所にあって被害はなかったものの、低い場所にあった牧草地やデントコーン畑には水が走りました。一帯は断水および停電。境野さんは井戸の水が使えたものの、電気はどうしようもなく、小麦乾燥施設を持つ近所へ発電機を借りに行き、なんとか搾乳することができました。
助け合いの精神が生きていた
JA十勝清水町の職員も対応に追われました。国道が川のようになって住宅地にまで水が押し寄せ、選果施設にも土砂が流入。橋の崩落で通信ケーブルが断たれ、携帯電話もつながりません。
「断水してましたから、とにかく牛の飲み水を運ばなきゃならない。そんな時、ホクレンなどを通じて全道からタンクローリーが駆けつけてくれて、本当に助かりました」と言うのは、畜産部の若原部長。職員は状況確認と給水の担当に分かれ、給水チームは1日数回の配送に駆け回りました。使用していた河川からの取水口が壊れるなど、甚大な被害により復旧に時間がかかり、給水は11月初めまで続きました。
境野さんの畑には災害ボランティアの方も駆けつけ、水と一緒に流れ込んだ枝や根を取り除いてくれました。
「ありがたかったですね。助け合いの精神がまだ残っているんだと」
当初、畑の復旧には億単位の費用がかかり、自己負担は8%と聞いて「腰を抜かした」という境野さん。結果的に激甚災害の指定を受けたことで費用負担はありませんでした。
「施設や畑は数年あれば必ず元に戻せます。だから災害時はとにかく人の命が最優先。この災害からの復興を通じて私はそう強く感じました」と若原部長。避けようのない自然災害では、まず身を守ることが第一です。