この記事は2025年8月1日に掲載された情報となります。
道総研 農業研究本部
中央農業試験場
農業環境部長 後藤 英次さん
変わりつつある気候は、北海道の農業にどのような影響をもたらすのでしょうか。生産者は変化にどう適応していけばよいのでしょうか。道総研の取り組みを取材しました。
想定以上の変化が出てきた
—気候変動による北海道農業への影響は?
現段階では、主要作物に劇的な変化が生じているとはいえません。水稲や小麦の生育が早まったり、登熟期間が短くなったり、大豆の収量が増加したりすることは、ある程度予測されていました。
品質面でも、小豆の小粒化、馬鈴しょのでん粉価の低下、大豆の裂皮粒やしわ粒の増加も想定されていました。
しかし2023年には、水稲の白未熟粒が多発したり、小麦の充実不足、馬鈴しょの中心空洞、てん菜の褐斑病多発による低糖分など、予想を超える影響も現れました。
野菜でも、トマトの着果不良やブロッコリーの不整形花蕾など、生理障害が目立つようになっています。
各機関と連携した研究を推進
—気候変動に適応できますか?
道総研では、気候変動への対応を重要な戦略研究と位置づけ、「気候変動に適応した道内産業と暮らしの構築」に関する研究を、農業試験場だけでなく、エネルギー・環境・地質研究所や大学とも連携して進めています。
研究ではまず、これまでの気象データベースを検証し、2050年以降を見据えた北海道の気象変動データベースを構築します。
その上で、水稲、小麦、大豆、小豆、馬鈴しょ、てん菜、りんご、飼料用トウモロコシを対象に中期的な生育変化を予測し、それぞれの適応策を提示します。
例えば、小麦の播種時期の試験や、豆類の栽培地帯区分の見直しなどを行い、それぞれの作物について地域に適した品種や生産技術を提案します。
これらの成果は、生産現場での活用や品種開発、行政機関などへの施策提言、今後の技術開発研究へとつなげていく予定です。研究期間は2025年から5年間ですが、成果が出たものから順次公表していきます。
気候変化の影響はプラスとマイナスの両面がある
農作物に高温障害が目立つようになり、温暖化に対してネガティブなイメージを持つ方が多いと思います。
しかし、気候変化は北海道農業にプラスとマイナスの両方の影響をもたらしています。例えば、かつては水稲が4年に一度の割合で冷害に見舞われるといわれていましたが、その危険性は低くなりました。
また、豆類や果樹、飼料作物の栽培期間が長くなり、晩生品種の利用機会や収量増加の可能性も広がっています。
更に、水稲やてん菜などでは直播栽培も増えています。
新規作物の導入や栽培適地の拡大が進められる
新しい作物の導入や、これまで作付けが難しかった品種の適地拡大が進んでいます。北海道農政部は、さつまいも、にんにく、落花生を『新顔作物』として生産拡大に取り組んでいます。
特にさつまいもでは、寒冷地向けの新品種「ゆきこまち」も登場しました。施設園芸では、なすの栽培が増えているほか、冬のパイプハウスを活用した無加温生産の葉物野菜(小松菜、ケール※1、パクチーなど)や伏せ込みアスパラガス※2も増えています。
果樹では、りんごの晩生品種「ふじ」や、醸造用ぶどう「ピノノワール」の栽培適地拡大も予想されています。
※1.フリル状のサラダケール(ボーレコール)は青汁のケールとは別もの。冬に甘くなります。
※2.春から秋にかけて露地圃場で栽培したアスパラガスの根を掘り出して、ハウスの中に入れ、冬の間収穫し、栽培を終了する短期栽培方法です。
高温耐性に着目した新しい品種開発への期待
品種改良では、これまでも冷害や雨害、湿害などのさまざまな気候災害や病害虫に強く、安定して多く収穫できる品種の育成を進めてきました。
今後は、さらに抵抗性を高め、高温条件下でも安定して多収な品種※3への切り替えが求められています。
現在、水稲では、道外で開発された高温耐性品種を交配に利用して品種改良を進めています。しかし、小豆などは道外での事例が少ないため、高温障害の影響を評価する手法の開発から、北海道独自で取り組む必要があります。
※3.一般的に早生(わせ)より晩生(おくて)の品種のほうが多収です。道内でも晩生品種の可能性が広がりつつあります。
新しい作型や栽培技術にも果敢に挑戦するチャンス
栽培期間の拡大や適期の変化により、栽培技術の見直しが欠かせません。播種期や移植期、収穫期の変更※4はもちろん、栽培地帯区分や栽培指標、施肥体系の再整理も必要です。
更に、病害虫の発生拡大に対応する防除法の開発や、パイプハウス栽培の暑熱対策なども求められています。
圃場基盤の面では、極端な降雨変動に対応できる排水改良や保水性の改善が重要です。
栽培管理では、IT機器やセンシング技術を活用した土壌・生育評価、可変施肥や畑地かんがい技術などの研究も、これまで以上に進むでしょう。
※4.例えば、水稲は7月中に出穂すると、8月の暑さで体力を消耗し、収量が落ちてしまうことも。遅く播いて、遅く植え、遅く収穫する体系に変わっていく可能性もあります。