この記事は2024年10月1日に掲載された情報となります。
北海道大学 大学院 農学研究院
作物栄養学研究室 信濃 卓郎 教授
微生物の研究が更に進めば、どのようなことが可能になるのでしょう。最新の研究成果も含め、農業の未来について信濃教授にお聞きしました。
POINT
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土壌環境で大切なのはバランス
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植物は分泌物を土壌に放出し微生物に働きかけている
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土壌微生物の研究が進むと、有機物の有効利用を高めることができる
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微生物と共存できる肥料の調整が大切
土壌と人間の腸は相似形?
—先生は根を人間の腸に例えて説明されることがあるそうですね。
人間の腸を口からひっぱり出して持ち上げたとしたら、植物の根っこと同じようなものです。
腸の細胞は、植物の根毛と形態が似ていますし、多くの微生物がいる点でも、養分・水分を吸収する働きでも似ています。
人間の腸は外から閉じられて、根より管理されている点が違いますが、腸内環境と同様、土壌微生物も構成バランスが大事だということです。
—土壌の環境を調べるために「根圏」の可視化に成功したと伺いました。
根圏とは植物の根と接触した土壌の、ごくわずかな領域のことです。
ほんの限られた部分に思えますが、根の表面積を考えると実は莫大な量になります。
この根圏での営みを画像として観察するための手法を考案し、地中の根が周辺の生育環境を最適化して養分を獲得しようとする生命活動を画像としてとらえることに世界で初めて成功しました(写真1)。
根が土壌に働きかける
—根圏の観察で分かったことは何ですか?
植物の根はただ土壌から養分・水分を吸収するだけではなく、土壌に対して、植物が光合成で得たものの㆒部を積極的に分泌していることが明らかになりました。
植物は動物のように自由に動けないぶん、根から分泌物を放出して土と微生物に働きかけ、生育環境を最適化しようとしているわけです。
分泌が活発な土壌の領域では、複数の元素の溶けやすさが高まっていることも明らかになりました。
また、別の実験では、根の周りの微生物の中に植物の側根誘導能力を持つ微生物も発見されています。
微生物が根からの分泌物に応答して、更に微生物の周りにある根を増殖させている可能性が考えられます。
—根の働きを解明することで、今後どんなことが期待できますか?
土壌中で物質循環を適切に行わせることは、有機物の有効利用につながります。
将来的には根と土壌、微生物の関係をうまく利用して、新たな育種や、より効率的な施肥、有機物投入の管理などにつなげていければ、と考えています。
土壌から栽培に向いた作物を考えたり、少ない化学肥料でも効率的に利用するような植物自身の能力を組み合わせることで、十分な食料生産を確保できる栽培技術の開発も検討できるでしょう。
土壌微生物の可能性
—微生物の研究が、減肥に直結するんですね。
過剰な施肥は土壌微生物に大きな影響を与える以前に、作物に悪影響を与えることが想定されます。たとえば窒素の過剰施肥は、植物を軟弱にし、病害菌に対する抵抗性を下げることになります。
そうした意味でも、有機物の適切な利用と、それに基づいた化学肥料の調整が欠かせません。投入した有機物の効率的な利用には、微生物との共同的な作業が必須です。
そのためにも土壌微生物の機能を積極的に活用し、同時に不足する部分を人為的な操作でカバーする農業を展開していく必要があるでしょう。世界で80億人の人々に対して適切な食料を供給するためには必須の技術になると思います。
—環境の保全につながりますか。
当たり前ですが、土壌の養分を使って作物をつくり、それを土壌に戻すのではなく、収穫して持ち出す以上、土壌から微生物のエサとなる炭素もどんどん減っていきます。
これにより、植物の栄養となる無機物も作られなくなります。ですから、有機質肥料を意識的に供給しなければなりません。
また、これは植物が吸収した大気中の二酸化炭素の㆒部を土壌中にためることで、温室効果ガス削減につながる「炭素貯留」の意味でも重要です。
大気中の窒素から植物の栄養となる窒素資源をつくりだす土壌微生物の能力を利用して、化学肥料と有機質肥料を適切に組み合わせることで十分な生産性が確保できる栽培技術を実現し、環境にやさしい持続的な農業の発展に貢献したいと考えています。