安定した酪農経営に向けて

乳牛の蹄病(ていびょう)を防ぐ

キーワード:蹄病酪農経営
牛は人でいう爪となる蹄(ひづめ)を定期的に切り、形を整えることが必要です。写真は、蹄を切っている削蹄(さくてい)の様子です。
牛は人でいう爪となる蹄(ひづめ)を定期的に切り、形を整えることが必要です。写真は、蹄を切っている削蹄(さくてい)の様子です。

見えにくく、解決しにくい「蹄病」。大規模化や牛舎環境の変化により、近年増加している疾病です。発生要因が複雑に絡み合い、酪農経営にじわじわとダメージを与える蹄病の対策を酪農学園大学の村上高志さんにお聞きしました。

この記事は2023年4月1日に掲載された情報となります。

酪農学園大学 獣医学群 生産動物外科学ユニット 博士(獣医学)村上高志さん

酪農学園大学 獣医学群
生産動物外科学ユニット
博士(獣医学)村上高志さん

Profile:2002年日本獣医畜産大学獣医学科卒業。根室地区農業共済組合、川田獣医科医院を経て、2022年より現職。

 

蹄病の種類と考えられる発生要因

蹄病にはさまざまな種類がありますが、大きくは角質疾患と感染性疾患に分類されます。発生数として多いのは、角質疾患の「蹄底潰瘍(ていていかいよう)」や「白帯病(はくたいびょう)」、感染性疾患の「趾皮膚炎(しひふえん)」です。

発生要因が複雑に絡まり合っているため、原因をつに特定するのが困難であるのが悩ましいところです(図1)。ただし、最も影響を及ぼす要因として、角質疾患の場合は長時間の起立、感染性疾患の場合は衛生状態が関わっているとされています。

正常な蹄(ひづめ)は、蹄骨底面全体で体重を支えることができます。ところが、蹄が伸びると、数百キロもの荷重が蹄の踵(かかと)部1点に集中。次第に蹄に穴が開いたり、亀裂が生じます(図2)。

蹄底潰瘍は角質に開いた穴から蹄真皮が露出することで痛みを引き起こす疾病で、人間でいう「床ずれ」のようなもの。また、白帯病は蹄に亀裂が入り、ひどい場合、膿瘍(のうよう)を引き起こします(図3)。

方で趾皮膚炎は、トレポネーマ※1を主体とする細菌感染によって発症します。牛床が汚れていたり、ふん尿で蹄がふやけた状態になっていると発生しやすく、他の牛にも感染を広げる可能性があります。

※1.嫌気性細菌の一種
蹄病発生のリスク要因
図1.蹄病発生のリスク要因
蹄の伸び方
図2.蹄の伸び方
角質疾患
図3.角質疾患

酪農経営にとってのデメリット

いずれの蹄病も、牛にとって強烈な痛みを伴うのは間違いありません。そして、目に見えるものから見えないものまであらゆる場面で影響を及ぼし、売り上げ減少と経費増加の両面からボディーブローのように経営にダメージを与えます(図4)。

最も顕在化しやすいのは、採食量の低下です。痛みを避けて起立しなくなるため、必然的に餌を食べる量・回数が減少します。フリーストールの場合は他の牛に押し負けたり、固め食いをしたり、質の悪い餌にしかありつけなくなります。

すると乳量が減少するばかりか、エネルギー不足(負のエネルギーバランス)による受胎率低下を引き起こします。固め食いは胃の中のphを下げ、ルーメンアシドーシス※2を発症させる可能性もあります。

また、発情行動が見つけにくくなるので人工授精のタイミングを逃しかねませんし、重症化すれば牛を淘汰(とうた)せざるを得ないケースもあるでしょう。

乳量低下は収入に直結し、現在の飼料代高騰なども加味すると、受胎が遅れれば1日ごとに約2000円以上のロスにつながると想定されています。そして牛が起立不能になり淘汰対象となれば、何十万円もの資産を失うことになるのです。

※2.第一胃内のphが低下した状態で、食欲の減退や心拍数の増加、下痢などの症状が見られる。
蹄病が酪農経営に与える影響
図4.蹄病が酪農経営に与える影響 
目に見えるものから見えないものまで、トータルで非常に大きな影響がある。

発見方法と治療方法

蹄病は、初期症状のうちに発見し、治療を施すことができれば数日で跛行(はこう:正常な歩行ができない状態)が改善に向かいます。

般的には、ロコモーションスコア※3を用いて蹄の状態や病状の進行度合いを計測しますが、牛は草食動物の習性から自分自身の弱さを見せるまいと痛みを隠す傾向があります。初期症状で跛行が見つけにくい理由は、ここにあります。ただし、そのような中でも蹄病の兆候をいち早く発見している牧場があるのも事実です。違いがどこで生まれるかといえば「経営者(従事者)自らが病状を見つけに行っているかどうか」だと、私自身、現場を見て回る中で感じてきました。

では、蹄病に罹患してしまったらどうすれば良いのか。角質疾患の場合は、蹄の形を整えることが先決です。削蹄で患部に圧力が掛からないように処置します。病変のない蹄に木やウレタン素材のブロックを接着し、患部を地面に触れさせず角質の再生を促すことも効果的です。

感染性疾患の場合は、抗生物質などの薬剤を塗布(とふ)するのが般的でしょう。抗生物質以外でも効果の期待できる薬剤(サリチル酸など)がありますので、獣医師と相談しながら検討することをお勧めします。

残念ながら蹄病の発見や治療は搾乳や分娩、緊急的な病気の治療などと比べると処置や対策が後回しになりがちです。経営者自身が牛の観察ができない状況(搾乳時の牛追いを従業員に任せているなど)にある場合は、従事者・担当者に観察情報を共有してもらい、迅速に対応することも必要です。

※3.跛行の程度を歩行時の背部姿勢や歩き方など5段階で評価 したスコア。

予防と再発防止の視点

予防や再発防止のためにできることは、①定期的な削蹄の実施(1年に2〜3回)②こまめな牛床の清掃と敷料の充実③放牧やパドックでの運動④フットバスの設置などが考えられます。

ただし、蹄病には「これだけやれば大丈夫」という絶対的な予防・改善方法はありません。先述した通り、牛舎環境や牛の個性による蹄の状態変化など発生要因が複雑に絡み合うため、求められる対策も牧場ごとに異なるからです。そして、牛の蹄の厚みは5〜7ミリほどあり、その長さまで伸びるには2〜3カ月かかります。つまり、蹄病に罹患しても病変が見つかるまでにタイムラグがあるということです。

そこで有効になるのが「蹄病の記録」です。般的には感染性疾患は若牛が、角質疾患は産次数が高い牛が罹患しやすい傾向があるようですが、ご自身の牧場に照らし合わせてみると意外と別の兆候を発見することもあります。

まずは、蹄病に罹患した牛の情報(発症日、病気の種類、分娩後日数、産次数、乳量、所属群など)を記録し続けてみてください(写真1)。そのデータを基に、獣医師と環境要因や飼養管理の改善を検討してみましょう。

牛舎の構造上などの問題からすぐに改善に着手できない場合は、蹄の状態も含め牛側の体調を万全にしておくことから始めるのもつの手です。

蹄病の記録用紙
写真1.蹄病の記録用紙

 

保定枠場を牧場に
写真2.保定枠場を牧場に 
牧場に枠場を1台設置することで、獣医師はすぐに処置に取り掛かれます。牛を淘汰するコストを考えれば、枠場に投資するメリットはあります。

蹄病の克服は、酪農家と獣医師と削蹄師のチーム戦で

繁殖管理の分野で獣医と家畜人工授精師が連携しているように、今後は蹄病の分野でも獣医師と削蹄師が横つながりで疾病発生要因を突き止め、具体的な対策を進める必要があると考えます。

牛たちが苦痛を抱えて暮らしていては、生産ロスだけでなく皆さんの気持ちも暗くなってしまうはずです。経営者や牧場スタッフの皆さん、酪農関係者全員で協力しながら蹄病を克服しましょう!