この記事は2017年8月1日に掲載された情報となります。
地球温暖化は、北海道の農作物の収量や品質にどのような影響を及ぼすのでしょうか。北海道立総合研究機構(道総研)の農業研究本部、志賀弘行本部長にお聞きしました。
北海道立総合研究機構
農業研究本部長 兼 中央農業試験場長
農学博士 志賀 弘行さん
Profile:1957年、兵庫県生まれ。北大農学部卒業後、道立中央農試や道農政部に勤務。北見農試の場長を経て2015年より現職。主に環境保全型農業のための土壌・施肥管理、地球観測衛星データの農業利用、地球温暖化の作物生産への影響予測などの研究に取り組んでいる。
Q. 2011年に発表された「気象変動が道内主要作物に及ぼす影響の予測」について概要を教えてください。
A. これは2030年代を対象に、北海道の農業を予測した研究です。なぜ2030年代かというと、それ以上先のことは、温室効果ガスの排出対策次第でシナリオが大きく変わる可能性があるから。不確定要素の少ない近未来を対象に、現実味のある予測を行いました。
Q. 地球温暖化で、北海道の農業環境は大きく変わるのでしょうか。
A. 今回の研究で採用した気象変化予測では、2030年代の道内の月平均気温は現在よりも平均2.0℃上昇し、年間降水量は現在の1.2倍に増えると見込まれています。気温が2.0℃上がると、どのくらい影響があるかというと、下の図が分かりやすいでしょう(図1)。
これは6〜9月の平均気温が17.5℃以上の地点を赤く塗った地図です。これは安定してお米がとれる地域とほぼ重なります。つまり、気温が2.0℃上がれば、道東や道北でも安定してお米がとれる環境になる。いま北海道の農業は稲作、畑作、酪農と、大きく三つの地域に分かれていますが、それが一変するくらいの影響があるといえるでしょう。
Q. 農作物の生育や収量、品質はどうなりますか?
A. 有利になる面、不利になる面、両方あります。研究を始める前は「北海道は冷害で苦労してきたんだから、温暖化は歓迎すべきでは?」という人が多かった。ところが実際にひとつひとつ検討してみると、そうでもない。
まず、雨が増えると病気の心配が増えます。涼しくて乾燥していれば病気はあまりでませんが、将来は病害虫の防除に手間がかかるようになるかもしれません。
Q. 北海道でもコシヒカリがとれるようになりますか?
A. 単純に産地が南から北へずれるという話ではありません。本州のお米は穂が出る際に日長の影響が大きく、コシヒカリの場合、北海道では気温が上昇したとしても穂が出るのが遅すぎることが実験で確かめられています。気温が高くなったとしても、北海道は北海道で新しい品種をつくっていく必要があります。
Q. 2030年代に向け、どのような対応が必要ですか?
A. まずは品種の開発でしょう。病気や湿害に強いもの、高温で収量や品質が低下しない品種の開発が求められます。
二つ目に栽培技術の更新です。豆類や水稲の地帯区分、種まきの時期などは見直しが必要でしょう。施肥・防除体系の再構築も欠かせません。メリットとしては、春も秋も長くなるので、作期をずらして作業を分散することも可能になるという点でしょうか。逆に極端な大雨など気象が不安定だと、対応が困難になる場合もあります。
そして、三つ目は基盤整備です。特に畑作は排水改良や土壌改良がこれまで以上に重要です。雨のあと、できるだけ短時間で畑に入れるような整備が求められます。
Q. 酪農への影響もありますか?
A. 気温が高くなると乳量は落ちるでしょう。屋根の照り返しを防いだり換気をよくしたり、牛舎の構造から見直すべきです。放牧地にも日陰をつくったほうがいいでしょう。
今後、本州の生産量がどんどん減って、北海道が頑張らないと国内の需要を支えられなくなるかもしれません。一方で、道北や道東で野菜の栽培ができるようになり、農業の選択肢が広がる可能性もあります。気候変化を積極的にいかす発想も重要です。
Q. 将来は明るくないのですか?
A. 課題は気候変動だけではありません。労働力不足、高齢化、規模拡大の要請、飼料やエネルギー価格の不安定化、経済のグローバル化などの問題が山積みなので、全体を見据えた対策が必要です。
とはいえ、私は悲観していません。これまでも150年間、常に問題を抱えながら、解決に向けて知恵を出し合い乗り越えてきたのですから…。我々試験場としても、まさに踏ん張りどころ。状況が変わるときこそ技術開発が重要だと考えています。
2030年代、主要農産物の生育予測
●水稲
収量はやや増加、食味は向上
気温が上がれば収量も上がり、アミロースとタンパク質の含有率が低下して食味としても有利に働く。ただし、生育自体が前倒しになるので、冷害の危険性は相変わらず。紋枯れ病など病気も増えると予想される。
●秋まき小麦
日射の減少で、収量はやや減少
日射量が減ると収量は減ると予測され、気温が上がって雨が増えると品質低下をまねく懸念がある。一方、種まきの時期は今より遅くなるので、秋の作業に少し余裕ができる可能性がある。
●てんさい
糖量(根重×糖分)は増加
生育前半が暖かいと根が太るので根重が増える一方、生育後半の最低気温が高いと糖分は低くなる。気温が上がると褐斑病が増えるので、病気に強い品種への置き換えが急務。
●ばれいしょ
減収、でんぷん含量も低下
日射量が減ると収量が減り、気温が高くなるとデンプン価も落ちる。雨で疫病の発生も増える。生育期間は短くなるものの、疫病の初発時期も早まると見込まれる。トータルすると、かなりシビアな状況。
●大豆
全道平均では増収、品質は低下
早生の品種は収量が下がる可能性があるが、熟期の遅い品種は問題なし。道南でしかつくれなかった品種が道央圏に広がるなど、全道的には増収だが、高温により表面の皮が裂けるなど品質低下の懸念がある。
●飼料用とうもろこし
品種変更で増収
早生から晩生までさまざまな品種があるが、熟期の遅いものほど生育期間が長くなり収量が上がると予測される。特にオホーツクや十勝の山麓および沿海地域で大きな増収効果が期待できる。