この記事は2025年6月2日に掲載された情報となります。
ホクサン株式会社
技術普及部 技術普及課長
田中 陽平さん
農業の現場で重要な役割を果たしている「農薬」。その種類や効果、的確な防除の実践方法について、専門の方に伺いました。
Q.どんな種類の農薬がある?
A.「殺虫剤」「殺菌剤」「除草剤」などがあります
農薬には大きく分けて、「殺虫剤」「殺菌剤」「除草剤」の3種類があります。殺虫剤はその名の通り害虫を殺す目的の薬剤です。
殺菌剤は主にカビや細菌による病気への対応に使われ、ウイルスに対しては基本的に有効な薬剤はありません。
除草剤としては、作物に影響を与えずに雑草だけを枯らす「選択性」のあるタイプが多く使われています。
その他、薬剤の付着性を高め、効果を安定させる「展着剤」や、作物の生育をコントロールする「植物成長調整剤」など、さまざまな目的の薬剤があります。
Q.農薬は危険なの?
A.科学的に安全性が裏付けられています
どんな化学物質にも毒性があり、たとえば食塩でも過剰に摂取すれば命に関わることがあります。農薬も同様で、決められた使用方法を守っていれば、安全に使用できることが科学的に裏付けられています。
農薬は農林水産省や厚生労働省の厳しい審査を経て登録されており、登録内容に沿って使用すれば、人体への悪影響は生じないとされています。
また、2014年頃には短期間(24時間以内)の過剰摂取に対する「急性参照用量(ARfD)」も評価項目に加わり、安全性の確認はより一層厳しくなっています。
Q.農薬を使わないとどうなる?
A.収量は大幅に減少します
農薬を使わないと、病害虫や雑草の影響により作物の収量は大幅に減少することが多く、作物によっては収穫がほとんど見込めなくなる場合もあります。
たとえば、りんごでは樹体に影響を及ぼすことにより木が全滅することがあります。小麦では赤かび病が出ると毒素が蓄積されて人体への健康被害が出る恐れがあるため、収穫できたとしても出荷不可になる可能性があります。
その他の作物においても、病気や害虫による被害は品質と収量の両方に大きな影響を与えるため、農薬は安定供給を支える存在といえます(表1)。

(2017年4月クロップライフジャパン(旧農薬工業会)調べ)
※( )内は調査箇所数
※減収率は慣行防除区との比較
※無農薬区では農薬は一切使わないことを原則としたが、育苗期の防除や土壌消毒など最小限の防除を行わないと、そもそも収穫が得られず、試験が成り立たない場合は止むを得ず使用。
Q.効果的な防除を行うポイントは?
A.有効な農薬を、適切な時期と量を守って使用
防除を効果的に行うには、「何を、いつ、どのように使うか」が重要です。対象となる病害虫に有効な農薬を選び、適切な時期に、希釈濃度などを守り正しい方法で使用することが求められます。
更に、雨が降ると薬剤が流れてしまい、風が強いと他の圃場に飛んでしまう恐れがあるため、雨や風のある日には散布を避けるなどの工夫が必要です。
高温により副作用が出る薬剤もありますので、そういった薬剤は散布の時間帯にも配慮しましょう。
防除のタイミングは、病害虫の発生しやすい条件や作物の生育段階によって異なります。例えば、小麦の赤かび病では、開花直後に防除を行うのが最も効果的とされており、各地域の防除体系に沿って判断することが推奨されています。

>>北海道農作物病害虫・雑草防除ガイド
Q.耐性菌や抵抗性害虫にはどう対応する?
A.RACコード確認とローテーション防除を徹底しましょう
同じ系統の農薬を繰り返し使用すると、効果が低くなる可能性があります。これは「耐性菌」や「抵抗性害虫」の出現によるもので、特定の農薬に強い性質を持った個体が生き残り、その性質が子孫に引き継がれていくことで発生します。これまで、本来効くはずだった多くの薬剤が効かなくなっていきました。

これを防ぐためには、薬剤の作用機構(農薬が効く仕組み)(図1)の系統を示す「RACコード」を確認し、異なる系統の薬剤をローテーションで使うことが大切です(図2)。

JAや普及センターが推奨する防除体系はこれらが考慮されていますが、有効な農薬を長く使い続けるためには、使用者自身もこの仕組みを理解することが大切です。
※RACコード一覧はクロップライフジャパン(旧農薬工業会)のホームページを参照ください。>>クロップライフジャパンホームページへ
Q.安全に作業するためのポイントは?
A.ラベルをよく読み、防護もしっかり
農薬は、適切に使えば人体へのリスクを低く抑えられますが、使用者自身が直接農薬に触れる機会が多い以上、日常的な注意が欠かせません。農薬を安全に取り扱うためには、次のような点に留意する必要があります。
農薬のラベル表示には、作業者が安全に防除作業を行うための情報も含まれていますので、しっかり守りましょう。
農薬の袋を開ける作業の開始から、水を通しにくい長袖、長ズボン、手袋、マスク、防護メガネ、長靴などを着用し、肌の露出を避けることが原則です(図3)。

マスクなどの防護具は、用途に応じて適切なものを着用しましょう。
また、作業終了後は、付着した薬剤の吸収を防ぐため、できるだけ早くシャワーを浴びることをおすすめします。
近年では、作業者が農薬使用時に暴露※することへの影響を考慮することとなり、作業者の健康リスクに対する科学的な評価も進んでいます。
暴露リスクが許容範囲に収まるよう散布方法の見直しが行われたり、防護資材の適切な使用がより強く求められたりするようになりました。
※農薬の成分が人や環境に触れることで、体内に取り込まれたり、環境に影響を与えたりすること。
Q.残留するリスクを減らすには?
A.ルールをしっかり守ること
まず基本となるのは、「登録された使用方法を守る」ことです。農薬には、それぞれ「使用できる作物」「使用時期」「使用量」「希釈倍率」「使用回数」などが細かく決められています。
これらの登録内容を守って使用すれば、基準値を超えるリスクは基本的にありません。
一方、残留リスクを高める要因の一つに「ドリフト(農薬の飛散)」があります。
これを防ぐために、散布時には風向きと風速を確認し、必要に応じて「ドリフト低減ノズル」を使用することが推奨されます。粒子の大きな噴霧にすることで、風による飛散を抑えやすくなります。
使用後の器具の管理にも注意が必要です。散布後に洗浄を怠ると、次回使用時に意図しない農薬成分が混入し、違う作物に影響を与えてしまうリスクがあります。
Q.農薬と正しく向き合うためのポイントは?
A.リスクがあることを忘れないようにしましょう
農薬の種類や使用量などを誤って使用すると、作物の残留基準値を超える原因となってしまう可能性があります。
また、環境面でも、河川へ流亡することによる水生生物への影響や、有用昆虫への影響なども懸念され、近年の農薬登録では生態系への影響評価もされています。
農薬の使用にあたっては、適切な使用を常に意識する必要があります。
Q.農薬をどのように考えるのが適切でしょう?
A.「使い方次第」で価値が変わる道具といえます
農薬は決して「万能な薬」ではありませんが、正しく使えば強力なパートナーとなります。人体への影響、環境への配慮が厳しくチェックされている現在において、農薬は「使い方次第」で価値が変わる道具であるといえます。
長期的な視野に立って、安全かつ効果的に農薬を使い続けるには、知識をアップデートし、適正使用を心掛けることが必要です。
「自分は慣れているから大丈夫」という油断が、事故や健康リスクを招きかねないことを忘れてはなりません。農薬は適切な使い方をすれば、農業経営を力強く支える存在になります。