大切なのは微生物機能の多様性

キーワード:土壌分析土壌有機物土壌調整微生物

土壌微生物を生かす

この記事は2024年10月1日に掲載された情報となります。

北海道大学 大学院 農学研究院 作物栄養学研究室 信濃 卓郎 教授

北海道大学 大学院 農学研究院
作物栄養学研究室 信濃 卓郎 教授

 

土壌と植物の間で、養分はどのようにやりとりされているのでしょうか。そこに関わる土壌微生物の役割とは——。北海道大学の信濃卓郎教授に教えてもらいました。

POINT

  • 微生物がいないと土壌の有機物は分解されない

  • 土壌微生物の働きへの理解が、化学肥料の効果的活用につながる

  • 良い土壌のためには多様性を持った土壌生態系が大切

  • まだ土壌微生物には分からないことが多い

 

もし土壌微生物がいなかったら

—そもそも土壌にはどのくらいの微生物がいるのでしょう。

おおよそ1g の土壌中に微生物は100億〜1000億個、種類にすると6000から5万種存在するといわれていますが、実はよく分かっていません。

というのも、土壌微生物の99%は培養が困難。研究のために培養し、確認することが難しいものがほとんどです。

—もし土壌に微生物がいなければ、どうなりますか。

微生物がいなければ土壌の有機物は分解されません。

植物のなど有機物があっても、それに含まれる養分が放出されないので、外から窒素などの無機栄養素を与えない限り、植物は十分に生育しなくなると考えられます。

土壌の機能については微生物を抜きにして語ることはできないでしょう。

 

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有機物や無機物ってどんなもの?

有機物とは、農業でいうと作物の根や茎や葉はもちろん、土づくりに役立つ堆肥などもあります。これが土壌中の微生物によって、作物の養分となる窒素やリン酸などの無機物に分解されます。

 

土壌微生物と化学肥料の関係

—土壌微生物はどのような働きをするのですか。

さまざまな役割を持っていますが、作物を育てるところに注目すると、土壌の無機化に重要な働きをします。

たとえば土壌中の有機物が微生物によって分解され、アンモニア態窒素が作られることで、稲などはそれを養分として吸収できます。

なお、畑作物にはアンモニアを苦手とする植物も多く存在しますが、アンモニア態窒素をそうした植物も吸収できる、硝酸態窒素に変える微生物も発見されました。

—土壌微生物の働きが解明されると、どんなメリットがありますか。

土壌微生物の働きが分かってきたおかげで、養分供給の観点から化学肥料を使うことも正しいことが認められるようになりました。

「堆肥をやると土壌にいい」という昔ながらの事実と、「無機物の化学肥料の供給」が同じことだと結び付いたのです。

また、微生物による分解で作られるより多い養分を、化学肥料で投入することによって、単位面積当たりで大きな生産性を上げることも可能になりました。

つまり、微生物の働きを教科書にして化学肥料の使い方が研究され、限られた面積で生産性を上げる集約的農業が発展してきたのです。

㆒般的に有機農業と集約農業は対立軸のようにとらえられがちですが、実は密接につながっているといえるでしょう。

 

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写真1大豆の根と根粒
写真1.大豆の根と根粒
写真提供:信濃 卓郎教授(北海道大学 大学院 農学研究院 作物栄養学研究室)

大豆の根に形成された、こぶ状のつぶつぶが「根粒」。中には大気中の窒素をアンモニア態窒素に変換することができる土壌微生物「根粒菌」が無数に生息しています。

 

微生物の多様な生態系

—一方で作物の成長に障害となるような微生物もいますよね。

フザリウムや疫病菌、そうか病菌など、作物の生育にマイナスの影響を及ぼす病害菌も少なくありません。

根腐れを起こしたり、維管束を詰まらせたりなど、深刻な影響をもたらすこともあるので、適切な対策を講じる必要があります。

病害菌ではなくても、たとえば土壌中にC/N比(炭素と窒素の比)の高い有機資材を大量に投入すると、そこにいる微生物が炭素を利用して増殖します。

同時に窒素も微生物に使われてしまい、作物が㆒時的に窒素不足に陥るような場合もあります。

—良い土壌をつくるにはどうしたらいいのでしょう。

多様性を持った土壌生態系をつくることが大切です。農薬散布のみならず、太陽熱消毒や土壌燻煙剤などで土壌微生物を殺菌すると、土壌における微生物の多様性が崩れがちです。

そこに作物を植えると、その作物と相性の良い微生物が育ちますが、特定の微生物あるいは微生物群に偏っているような場合、他の菌(病害菌)が大きく増えることが分かっています。そのため、土壌の管理を適切にしないと、外部から病害菌が侵入して広がるリスクが高まります。

 

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一般的に「共生」と表現されますが、実際は植物も微生物も自らの生命を守り、それぞれの子孫を残すための生存戦略です。微生物は植物のために生きているわけではなく、互いに緊張関係にあります。

 

微生物の働きはまだブラックボックス

—微生物を上手に利用する方法はありますか?

圃場では、農業に必要とされる微生物の働きをいかに引き出すかが鍵だと考えています。たとえ有用微生物といわれる微生物であっても、もともとある土壌生態系に外部から微生物を投入する影響ははっきりと分かりません。

私はドイツとブラジルと日本で、長年窒素を投入していない土壌を分析したことがありますが、優先して出てくる微生物は全く違いました。

ですから私は微生物の機能については「ブラックボックス」として扱ったほうがいいと思っています。土壌中における物質循環には数多くの微生物が関与しています。

そのうち、役割が分かっている微生物はまだ、わずか1%程度に過ぎません。また特定の微生物がどの環境でも同じ働きをするとは限りません。

違う微生物が同じような機能を果たす場合もあります。特定の微生物を増やすより、その圃場にいる微生物群の働きをどう制御するかが大事なのではないかと考えています。

 

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元素循環

元素は植物・動物・微生物の間をぐるぐる回っています。

<後編>微生物と農業の未来>>

北海道大学大学院農学研究院作物栄養学研究室北海道大学 大学院
農学研究院
作物栄養学研究室
植物の生理的な解析から、原子力発電所の事故で汚染された農地の復興に関する活動まで、作物の生産性の向上を目指した研究に取り組んでいます。