この記事は2016年12月1日に掲載された情報となります。
指定団体制度の是非をめぐる政府の検討に、生産者も乳業メーカーも困惑しています。必要のない改革が推し進められた場合、どのような事態が予想されるのか。農業経済を専門に研究する北大大学院の清水池先生に伺いました。
北海道大学大学院農学研究院 講師
清水池 義治先生
「消費者に応援してもらえるような関係を築いていく。
(指定団体制度をめぐる問題は)酪農に限らず、全ての生産現場にあてはまる話です」
Profile:1979 年生まれ、広島県出身。北海道大学大学院農学院博士後期課程修了、博士(農学)。2006 年に雪印乳業(株)酪農総合研究所の非常勤研究員となり、2009 年名寄市立大学保健福祉学部講師に転身。同大学准教授を経て2016 年より現職。主著に『増補版 生乳流通と乳業』(デーリィマン社、2015 年刊)。
●なぜ指定団体を離脱する酪農家が出るのでしょう?
酪農はほかの農業形態より投資が大きいので、本来はコンスタントに収入が得られてリスクの小さい共同販売が向いています。指定団体を離れる生産者の中には、少しでも高く売らないと現状を乗り切れない、余裕のないケースもあるのかもしれません。
買いエサに依存していて、府県のような高コスト体質に陥っているケースもあるのではないでしょうか。
●補給金の交付は公平ですか?
指定団体に出荷しなければ補給金がもらえないのは不公平、だからアウトサイダーに補給金を交付すればイコールフッティング(同等の条件)が確保され、公平であるという理屈ですが、かえって不公平になるのでは、という指摘もあります。
指定団体は牛乳乳製品の需給調整に莫大なコストを負担しているからです。
●指定団体が担う役割とは?
指定団体は牛乳乳製品の安定供給を意識して乳業メーカーへ生乳を配乳します。日持ちしない飲用向けを優先して配乳して、それ以外を乳製品にまわします。生乳が供給過剰になった場合は、指定団体がよつ葉乳業や雪印メグミルクなどと協力し、バターや脱脂粉乳という形で在庫を抱えて需給調整をします。
問題なのは、乳価の高い飲用向けのみを販売する団体がこうした需給調整をするのかどうか。生乳が過剰気味でも乳価の安い乳製品向けにまわさず、飲用向けで叩き売りする可能性もある。そうすれば牛乳の値崩れが起きてしまう。
つまり、需給調整の機能を果たさず、補給金を受け取るのはかえって不公平ではないか、という意見です。
●もし改革が実施された場合、どのような影響が考えられますか?
指定団体以外の販売ルートに補給金が出るようになったとしても、ホクレンを離脱する人が増える事態になるとは思いません。なぜなら飲用向けのみに販売する団体と契約している酪農家は、当然飲用向けに販売しているのに対し、補給金は乳製品向けにしか出ない。つまり直接関係ないからです。
もし乳業工場や港の近い生産地が独立して共販すれば、プール乳価は高くなる可能性はありますが、その場合、輸送コストが高くつく地域の酪農家は取り残されてしまう。また、今まではホクレンからしか買えなかったものが、よそからも買えるとなったら、いずれ過当競争になり、買いたたかれる恐れもある。果たして日本の農業全体にとっていいことなのか、考えればわかるはずです。
●一時的な乳価だけで判断してはならないということですね。
乳業メーカーにとっては、必要なとき必要な量だけ生乳を買えるというのが一番理想的です。いまは本州で生乳が足りないから、飲用向けのみに販売する団体は売れ残りを心配せずに購入していますが、いずれまた生乳が余る時期が必ずくるはず。
現状では考えにくいことですが「これ以上は買えない」と拒否される事態も想定されます。指定団体の全量委託とは違い、リスクがあることを忘れてはなりません。
●指定団体制度は生産者を守る仕組みなんですね。
単に生産者の利益を守るための制度のように誤解されていますが、そもそもこの制度の目的は二つあって、一つは牛乳・乳製品の安定供給、もう一つは酪農家の経営支援です。酪農家の経営が安定しないと安定供給もできないので、セットになっています。
ですから、指定団体制度は消費者にとっても価値ある制度だと理解してもらう必要があるでしょう。
●清水池先生が考える、生乳流通のベストな制度とは?
酪農家が自家製の牛乳や乳製品をつくって販売したいなら部分委託できますが、一方で、生産者が加工会社と組んで自社ブランドの製品をつくることは指定団体制度の中では認められていません。無条件全量委託の原則を維持しつつ、生産者の新たなチャレンジをバックアップできる柔軟性があると、牛乳乳製品の多様性が広がるのではないでしょうか。
●これからの農業者に必要な心構えを教えてください。
いま農業改革がさかんに議論されているのは、就農人口が減り持続的発展が困難になっているからです。とはいえ、現状の制度をたたき壊して、競争させればうまくいくという考え方は、ものごとを単純化しすぎだと思います。
指定団体制度には、生産者が販売を気にせず生産に専念できる一方で、生産と消費の関係が切れてしまうデメリットもあります。補給金についても、原資は税金ですから、指定団体制度が安定供給に寄与していることを消費者に理解してもらわなければなりません。
単に値段が安ければいいという考えだと国内の農業は持たないと訴え、消費者に応援してもらえるような関係を築いていく。酪農に限らず、全ての生産現場にあてはまる話です。