なぜ、農作業事故は起きるのか

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なぜ、農作業事故は起きるのか

農作業事故の低減に向け、聞き取り調査や分析を行っている農研機構の積さんに、北海道で多い事故事例を教えてもらいました。実際の事例から事故を防ぐ方法を学びましょう。

この記事は2021年8月1日に掲載された情報となります。

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 農業機械研究部門グループ長補佐 積 栄(せき えい)さん

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
農業機械研究部門グループ長補佐 積 栄(せき えい)さん

因を知ることから

「農作業事故をなくすには、なぜ事故が起きたのかを把握することが必要。原因が分からなければ対策できませんから」と話すのは、農研機構の積さん。北海道農作業安全運動推進本部と連携して、10年ほど前から農作業事故の現地調査を行い、昨年5月にはこれまでの事故事例を検索できるデータベースをWebサイトに公開しました(※)。

「いずれも、誰にでも起こり得る事故ばかりです。同じような事故を防げるのなら……と調査に協力してくださった農家さんの思いを無にしないよう、原因や対処法を分析して広く伝えることで、事故の低減につなげていきたい」と積さん。

蓄積した情報を安全対策に生かしてほしいと呼びかけています。

農研機構HP
※農研機構 農作業安全情報センターの「事故事例検索」では、道内における事故事例の調査報告書を約190件公開しています。作目や機械別に検索も可能。写真や図表付きで分かりやすく解説されています。 https://www.naro.affrc.go.jp/org/brain/anzenweb/chousadb/chousadb.html

スを前提にした安全対策

例えば、トラクターの転落やハーベスターの巻き込まれ事故に対し、単に「気を付けよう」だけで片付けてしまっては、同じような事故はなくなりません。トラクターを運転中、畑の様子に気をとられたり、作業中の収穫機械に根や茎が絡まって思わず手を伸ばしたり、うっかりする瞬間は誰にでもあるはず。

積さんは「どんなに慎重に行動しても、ミスをしない人間はいません。人はミスをするという前提に立った安全対策が必要」だと強調します。

事故事例を詳しく分析すると、本人のミスに加えて①機械・道具②作業環境③作業の手順など、いくつかの要因が重なって事故が起きていることが分かります。事故事例をヒントに、自分の農場や農業機械、作業の手順が安全かどうか、一度確認してみる必要がありそうです。

積さんは事故事例を詳細に分析することで、農機メーカーにもより安全な設計を求めたいとも考えています。

「自動車などは安全装備が進んでいますよね。農業機械もカバーを外したら自動的に回転が止まるなど、もっと安全な設計に改良できる余地はあるはず。メーカーが最も気にかけるのはユーザーの声ですから、農家の皆さんも使っていて危ないと感じたら、メーカーにどんどん要望を伝えるべきです」

全対策は、経営の最重要課題

安全対策というと、仕事の効率が落ちる、コストがかかるなど面倒なイメージがあるかもしれません。しかし、けがで長期間仕事ができなくなることを考えれば、安全対策が経営に直結しているのは明らか。

地域の作業を受託しているような働き盛りの若い世代がけがをしたら、地域にとっても大きな痛手です。事故を防ぐ取り組みは、個人の経営にとっても地域にとっても最優先課題だといえるでしょう。

すでに地域が体となって安全意識を高める取り組みを始めているところもあります。道内ではオホーツク地区のJ‌Aが農作業安全対策に力を入れ、安全講習会を定期的に開催したり、「農作業安全」ののぼり旗を立てたり、地域ぐるみで啓発活動をしています。

「経験の浅い若い方も高齢の方も、誰もが安心して働けるようになれば、農業はもっとみんながやりたい仕事になるはず。そうなるように我々もできる限り現場近くでお手伝いしたい」と積さん。「まずは一つからでも『この部分は安全にした』という変化をつくり、それを積み重ねてほしい」と訴えます。

トラクターに乗ったら必ずシートベルトを締める。機械から降りるときは必ずエンジンを切る。倉庫や農場を片付ける。できることはまだまだありそうです。


CASE 01
茎葉処理機に巻き込まれて指切断

茎葉処理機に巻き込まれて指切断

事故の経緯
倉庫内で収穫した玉ねぎの粗選別中、茎葉処理機のタッピングローラーの下部に茎や根が絡んでいるのが目に入った。
絡んでいる茎や根を取ろうとつい左手を伸ばしてしまいローラーに指3本を巻き込まれた。

茎葉処理機
指が巻き込まれた茎葉処理機。白いカバーは事故後に装着。
巻き込まれ部位(タッピングローラー下側:茎葉排出側)
巻き込まれ部位(タッピングローラー下側:茎葉排出側)

救命・治療
家族に声をかけて電源を切ってもらい、機械業者を呼んで機械を分解してもらったが、人差し指、中指、薬指が切断されていた。接合手術を受けたものの感染症に罹患して薬指は切断。事故後40日間入院し、翌年にも手術を繰り返した。

事故の対策
機械に草や根が絡まっているのを見ると無意識に手を伸ばしてしまうので、タッピングローラーの下部側面を板で覆ってカバーをつけた。
●機械に触れる時は必ず動力をストップする。
●手袋は巻き込まれやすいので、回転部の近くでは手袋で作業しない。

タッピングローラー部分に白いカバーを装着。
タッピングローラー部分に白いカバーを装着。

CASE 02
トラック荷台から転落して肺挫傷

トラック荷台から転落して肺挫傷

事故の経緯
圃場でポテトプランターに4tトラックを横付けして、肥料と種芋を供給していた。作業を終えトラックの荷台から降りようとした際に、バランスを崩して上半身から地面に落下した。

救命・治療
右肩から胸部にかけて強打したが、痛みをこらえてそのまま仕事。夜中に痛みがひどくなり夜間外来を受診。肋骨は折れていなかったためコルセットをして仕事に復帰したが一週間後に喀血(かっけつ)。肺挫傷が判明し長期入院となった。

事故の対策
●荷台の高さは1m程度。危険とは感じていなかったが、一歩間違えれば命を落とす場合も。トラック荷台用のステップを用意したり、ヘルメットを着用する。
●なるべく2人1組で作業する。


CASE 03
トラクターで斜面転落

トラクターで斜面転落

事故の経緯
夕方、霞(もや)がかかり視界が悪い中、自宅敷地内をトラクターで低速で走行中、畑の様子に一瞬気をとられて、斜面に脱輪。左前輪が宙に浮いた状態で停止したため、近所に助けを求めショベルローダーで後方にけん引してもらう途中でトラクターが傾き、斜面下へ転落した。

転落場所
転落場所

救命・治療
安全キャブのフロントガラスが割れたため、自力ではい出ることができたが、頭部を打って出血がひどく救急車で病院へ。傷口を7針縫うけが。

事故の対策
●道路幅(約2.4m)に対してトラクターの後輪外側は約1.8m。道路幅との差は60cmで、片側30cmずつしかない。そもそも道路幅が十分ではなかったため、事故後に道幅を0.8m拡幅した。
●ヘルメットやシートベルトを着用していれば、頭部を強打することはなかった。


CASE 04
トラクター降車時に足を滑らせ骨折

トラクター降車時に足を滑らせ骨折

事故の経緯
クローラトラクターから前向きに降りようとして、右足をクローラにかけた瞬間に足を滑らせて転倒。凍結した地面に右手をついて骨折した。

救命・治療
家族の運転で病院に行き、接合手術を受けて3週間入院。1年後に金属プレートを外す手術を行った。

当該トラクターのステップ
当該トラクターのステップ

事故の対策
●トラクターの運転席への乗り降りは、機体に体の正面を向け、運転席側を向いた状態で、手すりをつかみながら降りるのが基本(はしご降り)。
●特にクローラのゴムは滑るので足をかけるのは危険。


CASE 05
脚立から転落してアキレス腱断裂

脚立から転落してアキレス腱断裂

事故の経緯
木製脚立(高さ2.5m)の天板に右足を乗せてプルーンの収穫中、バランスを崩し、脚立から滑るように落下。脚立の踏み桟(段の部分)に右肘と右足を強く打ち付けた。

転落事故の再現
転落事故の再現

救命・治療
自分で運転して病院に行くと、アキレス腱が断裂していることが判明。大きな病院に移り手術を受けて20日間入院。リハビリで長期通院中。

事故の対策
●脚立の天板に足を置くのは厳禁。天板をまたいだり、座って作業したりするのも転倒する危険性がある。
●高所作業では必ずヘルメットを着用する。
●樹高を低めに管理して、危険を回避する。


CASE 06
除草用の刈払機による飛散物でけが

除草用の刈払機による飛散物でけが

事故の経緯
排水路の法面を肩掛け式の刈払機で草刈り中、雑草の中にL字型の鉄製の部材(昔の排水樋の支柱)が隠れているのに気付かず、刃を当ててしまい、破片が欠け飛んで右手首に刺さった。

救命・治療
手首が腫れ上がり異物感があったため病院を受診。皮膚表面から1〜2cm下の筋肉に破片が食い込んでいたので、摘出手術をした。

事故の対策
●あらかじめ危険な異物を撤去しておく。
●この事故では、本来は刈払機についているはずの飛散物防護カバーがなかった。草が詰まるのを嫌がり取り外す人もいるが、カバーは必ず装着する。
●石が跳ねて飛んでくる場合もあるので、保護メガネやフェイスシールド、前掛けなどで防護する。首まわりや腕を露出しないよう服装も工夫を(ただし熱中症にも気を配る)。

刈刃にあたったアングルの状況

刈刃にあたったアングルの状況
刈刃にあたったアングルの状況
事故機の外観
事故機の外観

CASE 07
パーラーの待機所で牛と接触し転倒

パーラーの待機所で牛と接触し転倒

事故の経緯
朝の搾乳時、フリーストールの牛舎から牛をパーラーに移動させていたところ、待機場にいた最後の1頭が嫌がって急に方向転換。ゴムの床が濡れていたため牛が滑って転倒。転んだ牛の足が自分の足に当たって転倒した。

救命・治療
家族に病院に運んでもらい即日入院。左足首上部の骨折で80日間入院。取り付けた金属プレートが破断して再手術し、さらに80日間入院。

事故の対策
●柵の外から間接的な誘導を心掛ける。
●なるべく2人1組で作業し、牛の行動を見張っておく。
●「自分ならできる」と、自らの経験や能力を過信しない。
●牛にストレスを与えない飼養管理を徹底する。