農業に被害を与えている野生動物は何か。どのような対策が有効なのか。北海道立総合研究機構(道総研)の自然環境部生物多様性保全グループの稲富さんに聞きました。
この記事は2021年6月1日に掲載された情報となります。
北海道立総合研究機構
産業技術環境研究本部
エネルギー・環境・地質研究所
自然環境部生物多様性保全グループ
主査 稲富 佳洋さん
エゾシカによる被害が8割
北海道が毎年公表している野生鳥獣による被害調査結果では、農業の被害金額は約47億円(2019年度)。鳥獣別に見ると、エゾシカが全体の8割を占めており、次いでカラス類、ヒグマ、キツネ、アライグマの順になっています(図1)。
「地域によっても違いがあります。道東や道北の酪農地帯で多いのは、エゾシカによる牧草や飼料用作物の被害。空知・石狩・日高などではアライグマによるスイートコーンやメロン、水稲などの被害も増えています。道南はヒグマによる被害の割合が高いのが特徴。地形的に農地とヒグマの生息域が近く、ヒグマの生息密度が高いことが理由でしょう」
こう教えてくれたのは、道総研で野生動物に関する調査・研究を担当している稲富佳洋主査。「農業被害金額のピークは2011年の70億円。そこから徐々に減少したものの、近年は47億円前後と高い水準で横ばいになっている」と説明します(図2)。
※図1、図2、図3は北海道 環境生活部環境局 野生鳥獣被害調査結果より作成
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higai.htm
適正な鳥獣管理が重要
では、こうした農業被害を更に減らしていくには、どうしたらいいのでしょう。稲富主査は「対策は大きく二つ、鳥獣の侵入を防ぐことと、生息数を減らすこと」だと言います。そして、柵を設置するにしても捕獲するにしても、欠かせないのは被害状況を詳細に把握することです。
「いつ、どこで、どの鳥獣による被害がどの程度あるのか。農業者の皆さんが把握して、それを集約することで有効な対策を打つことができます。そのためには野生動物の生態を知り、痕跡を調べ、地域で情報を集約していただきたいです」
自然環境を守るというのは、単純に野生動物の命を保護することではないと稲富主査は言います。
「増えすぎたエゾシカが湿原や森林の植物を食べつくしてしまえば、生物多様性は失われてしまいます。アライグマはそもそも外来種で北海道の生態系に大きな影響を与えます。生物多様性を守るためには、野生動物を適正な数に管理することが重要なのです」
農業被害を防ぐだけではなく、北海道らしい生物多様性を守っていくためにも必要な野生動物の管理は大切。農業者だけではなく、地域全体で考えていかなければならない問題です。
効率よく捕獲ができる囲いわな
エゾシカによる農業被害額を作物別で見ると、ほぼ半分を占めるのが牧草です。次いで水稲、てん菜、デントコーン、馬鈴しょと続きます(図3)。エゾシカの生息域は1970年代には道東と日高が中心でしたが、どんどん分布を広げ1990年代以降は全道に拡大。オホーツクや上川、胆振などでも被害が増えるようになりました。
現在、年間に10万頭以上のエゾシカが捕獲されているものの、それでも追いつかず、もっと捕獲数を増やさなければならない状況にあります。
捕獲数の大部分は銃によるものですが、牧草地の場合、銃を使うのは簡単ではありません。夜間に出没するエゾシカが多いこと、平坦な地形のため銃を撃つ時必要なバックストップ(銃弾が止まる場所)がないことがその理由です。
こうした場合、威力を発揮するのが「囲いわな」です。囲いわなとは囲い状の構造物の中に餌でエゾシカを誘引し、ゲートを閉めて捕獲するしかけのこと(図4)。銃が使いづらい場所でも安全に使用でき、生きたまま捕獲したエゾシカは食肉等に活用できることもメリットです。
〈囲い部〉エゾシカが飛び越えないよう2.7m以上の高さを推奨
〈制御部〉スマホの遠隔操作でゲートを閉じるタイプやシカが侵入すると自動で落下するタイプなどがある
〈監視部〉わな内部と周辺にいるシカを監視する
〈ゲート部〉わな内部にシカが侵入するための入口
〈追い込み部〉捕獲したシカを運搬ボックスまで追い込む部分
〈運搬ボックス〉シカを収容し、生きたまま活用施設まで運搬する
越冬地に加え、草地での捕獲技術も開発
エゾシカは季節移動する動物で、夏は農地に出てきますが、畑が雪に覆われると越冬地に集まります。越冬地として利用されるのは、雪がしのげる森林で、なかでも針葉樹の割合が高くササ類の多いところを好みます。そうした場所を特定できれば、囲いわなで一度に複数頭のエゾシカを効率よく捕獲できるでしょう。
ただし、越冬地で捕獲したエゾシカが農地に被害を及ぼしていた個体かどうかはわかりません。そこで、実際に農地に出没する加害のエゾシカを直接捕まえようと新たに開発されたのが「草地適用型囲いわな」です(図5)。
2番草の収穫後(8月下旬〜9月上旬)、農作業が終わった後に設置して積雪期前まで運用する囲いわなです。
従来の越冬地の囲いわなは餌でおびき寄せますが、草地適用型は食料が豊富な時期なので、餌だけでの誘引は困難。広く誘導柵を設置して特定の場所に誘い込み、そこにわなを設置して、わなの中には滞在時間を延ばすための餌を置きます。
開発研究に携わった道総研の稲富主査は「わなの中にえん麦を播いて栽培したところ、エゾシカの滞在時間を延ばすことに成功しました。ただし、エゾシカの好みは地域によって異なるので、まずは複数の餌を試してみてください」とアドバイスします。夏から秋にかけては鹿肉販売業者の在庫が少なくなる時期。草地適用型囲いわなで生体捕獲したエゾシカを提供できれば、安定供給にもつながります。
ポイントは設置場所の選定
越冬地に設置する囲いわなと、牧草地のそばに設置する草地適用型囲いわな。稲富主査によると、どちらもポイントは捕獲に適した場所や時期を選ぶことだそうです。
「足跡や食痕、糞などを調べたり自動撮影カメラを設置したりして、エゾシカがいつ、どこに、どのくらい出没しているかを把握し、シカの通る道に囲いわなを設置することが重要です」
道総研では囲いわなの普及を図るため、今年2月「囲いわなによるエゾシカ捕獲の手引き」をとりまとめました。囲いわなのノウハウを共有できるよう構造や運用方法を詳しく解説するとともに、新たに開発した草地適用型囲いわなについても紹介。今後は自治体などの鳥獣被害対策の担当者に向けた研修会も開催する予定です。
「囲いわなだけで全てが解決するわけではありませんが、複数の捕獲手法を組み合わせ、状況によって使い分けてほしい」と稲富主査。「エゾシカは自動車や列車と衝突などの課題もあります。森林や道路の管理者、農業者など、みんなで情報を共有し地域ぐるみで対策に取り組んでほしい」と話しています。