インタビュー

働き手を持続的に確保するためには?

キーワード:労働力
小林 国之 准教授
この記事は2016年8月1日に掲載された情報となります。

北海道大学大学院
農学研究院
小林 国之 准教授

「地域の労働力を循環させる仕組みが必要なんです」
Profile:2003年北海道大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、同大学大学院農学研究院特任助教、助教などを経て2016年4月から現職。主な著作に「農協と加工資本」(日本経済評論社)ほか。

 

雇用側と求職者のギャップを埋める努力を

農業の労働力不足、担い手不足に対して、私たちはどのように対処すべきなのでしょう。「地域連携経済学」「協同組合学」を専門に研究する小林国之北大大学院准教授に伺いました。

 

労働力不足が深刻化している農村の現状を、どのようにお考えですか?

労働力不足は農業だけではありません。若年の労働人口が減っている日本では、どの産業も人が足りない。とはいえ、今年4月の道内の求人状況をみると、農林業の賃金水準は事務職よりも高いんです。

けれども農業の求職者は少なくて、賃金が低いにもかかわらず事務職は倍率が高い。賃金を上げれば人が来るという状態ではないわけです。現状は外国人技能実習生に頼っている地域も多いですが、それも持続的ではありません。根本的に何かを変える必要がある。今後は労働力を使わないという方向で農業形態を変えていくのか、求職者のニーズに合わせた雇用環境に転換していくのか。いずれにせよ、変化が求められています。

 

労働力確保について先生がご存知の優良事例はありますか?

3年ほど前に調査させてもらった富良野では、市街地に住む主婦層にパートに来てもらう体制づくりを進めていました。子どもが熱を出したときは遠慮なく休んでもらったり、午前中の3時間だけなど細切れの時間でも働けるよう配慮したりして、ちょっと家計を助けたいという主婦層に働いてもらうのです。熟練が必要なメロン栽培でも短時間のパートさんが活躍していて、細かなノウハウが共有されていました。まちに近い地域じゃないと難しいかもしれませんが、コンビニのレジ打ちより農作業の方が楽しいという人は少なからずいるはずです。

 

どのように人を集めているのでしょうか?

ハローワークや求人誌で募集もするようですが、クチコミで友達を誘ってもらうのが一番多いようでした。最近は農業系や田園回帰系の雑誌が多く出ていますが、子育て中でパートをしようとしている人は、日々買い物や育児に追われて、そもそも雑誌を読まない。だから幼稚園のママ友などクチコミが有効なんですよね。

 

労働力の定着に向けた工夫などはありましたか?

農協で斡旋しているのなら別でしょうけど、農家さんが相対でパートさんを雇っているところは、何時に休憩させてお茶を出してと、ものすごく気を使っていました。

富良野のミニトマトの農家さんでは、昔からの出面さんのプレハブと、街場から来てくれるパートさんのプレハブを別にしていましたね。一緒にするとお互いに不満がくすぶるのかもしれません。

 

農業は働く場として魅力がないのでしょうか?

北大の学生が農村ホームステイで十勝の農家さんにお世話になったあと、こう話していました。彼は普段レンタルビデオ店でアルバイトをしているんですが「いつもはあと1時間でバイト代がいくらと思いながら過ごしていたけれど、農業は畑のあそこまでカボチャを収穫したら今日の作業が終わり。仕事のモチベーションも達成感も全く違う」と。

富良野のミニトマト農家で働いていた人も同様で「やった仕事が目に見える。こんな充実感はない」「天気がいいからハウスの中は暑いだろうなと想像するようになった」と言うんです。

つまり農業にはほかの産業にはない魅力がある。ただ多くの人の日常とあまりにかけ離れているから、仕事として想像ができないだけなのかもしれません。

 

では、雇用側は求人の際に何をアピールすればよいでしょう?

もっと具体的に作業内容や労働環境をイメージできるようにしてはどうでしょう。「農業で働いてみませんか」という誘い文句では、何も分からなくて不安です。トイレや休憩室、送迎手段を具体的に見せたり、何時に出勤して、どんな作業をして、何時に帰って…と、家事や子育てと両立できるタイムスケジュールを紹介したり。雇用側と求人側のギャップを埋めていかないと、慣れない人を圃場には呼べないと思います。

また、労災などの社会保障を揃えていますよ、という提示も重要です。農家個人ではなく農協が後ろ盾になれば、求職者も安心できるでしょう。求職者が農業を職業選択の一つとして考えることができないのは、情報が少なすぎることも一因。農家サイドがちゃんと発信してこなかったという面も否めません。

 

今後、労働力の確保に向けて、地域でできることは何でしょう?

ひとくくりに労働力と考えず、通年雇用なのか、スポット的な雇用なのか、担い手育成なのか、それぞれ分けて考える必要があると思います。通年雇用で人件費に年200万円かかると、さらにハウスを増やさなくてはならず、結局、余計忙しくなって所得は変わらないという状態になりがちです。人を雇って規模を拡大していく農業形態もあれば、経営規模を維持しながら地元の人にパートで手伝ってもらうやり方もあるはずです。

働き手も通年雇用で200万円欲しい層と、60万円でいい層がいます。そして今60万の人もライフサイクルのどこかのタイミングで200万欲しくなるときがくるかもしれない。だから、パートならここ、通年働くなら今度はここと、地域内で働き手を循環させる、地域の労働力をベースにした農業を考えていかないとならない。必要な時だけ人を確保しようという単発的な労働力を求めるのはもう限界かもしれません。