この記事は2019年6月1日に掲載された情報となります。
岩見沢市・美唄市・三笠市・月形町を担当する空知農業改良普及センターでは、転作作物等で発生する湿害被害を減らす「土壌物理性改善プロジェクト」を4年前にスタート。土壌改善をすることで気候変化に負けない生産性の高い圃場づくりを進めています。
北海道空知総合振興局
空知農業改良普及センター
主任普及指導員 長井 淳一さん
専門普及指導員 向川 成人さん
主査(畑作) 千石 由利子さん
主査(畜産) 寺田 晃子さん
※役職などは取材当時のものです。
農業者の声からスタート
「これまで小麦や玉ねぎなど作物ごとの多収プロジェクトに取り組むたび、土づくりの重要性を再認識してきました。とはいえ実施するにはお金も手間もかかるため、いつも先送りに。そんなとき岩見沢の畑の生産部会が道東へ視察に行き、親子2代にわたって畑に堆肥を入れている農家の話を聞いてきた。『自分たちもやらなきゃ』という気運が高まって、普及員も『よし、やるべ』となったのです」(向川さん)
こうして4年前に「土壌物理性改善プロジェクト」が始まりました。まず着手したのは農業者へのアンケート調査です。畑作の課題を尋ねたところ「透排水性の改善」「有機物の投入」「輪作の導入」が上位にあがりました。そこでこの3点を柱に据え、三つのチームに分かれ活動を開始。3カ年計画の実証試験をスタートしました。
水はけのいい畑をつくるために
透排水改善を目指す機械チームでは、実行しやすく効果の高い技術を検証しました。
「圃場に入る水の7割は表面を流れて圃場外に出るといわれています。まずは暗きょの管理や清掃の確認。それでも水が抜けないようなら、水をためずに出すため、畑の周りに額縁明きょを掘りましょう。凸凹があると水がたまるので、なだらかな傾斜に地ならししましょう、と。それらを実際やると、収量がどれだけ変わるか数値化して比較しました」(千石さん)
その際に留意したのは、農業者が自分でできる作業かどうかです。アンケートで所有機械を調査し、普及率の高いレーザーレベラー(均平機)やサブソイラの有効活用を中心に考えました。
「均平機は土を削って低いところに持っていく。養分の少ない土が表面になるので、農家さんは収量低下を危惧していたのですが、実際は差がないという結果が出ました」(千石さん)
農業者の疑問と不安を一つずつ検証し、データで明らかにすることで「やってみようかな」という動機づけにつながりました。また、自分の圃場では何が必要かを見極めるフローチャートも開発(図1)。
こうした活動が実り、最近は額縁明きょを施工した圃場が増えてきたほか、農協の機械レンタルの依頼も増加しているといいます。
有機物で継続的な土づくり
一方、有機物チームは堆肥や緑肥の効果を検証しました。
「空知本所エリアは酪農畜産が少なく、堆肥の入手が困難です。それでも籾殻や牛糞などを堆肥化している施設があるので、まずそれらを周知。さらに緑肥なら自分たちでも取り組めるだろうと試験を実施。緑肥を栽培してどのくらいの有機物が入るか、減肥につながるのかを二年越しで調べ、データとしてまとめました」(寺田さん)
収入に直接つながらない緑肥の作付けはまだ多くありませんが、マメ科のヘアリーベッチなどは根張りがよく横に伸びるため、土壌がやわらかくなり透排水改善につながることを実証しました。
輪作に踏み切れない理由とは?
輪作チームでも、輪作をためらう農業者の疑問と不安を一つずつ解消していくために活動しました。
「輪作のネックになっているのは、新規作物の情報不足、経済性、復田への不安だと分かりました。そこで輪作をしている圃場としていない圃場を比較。輪作で成果を上げている農業者の優良事例をヒアリングして、作付け品目ごとの収益性、作付規模、必要な労力などを整理。無理なく取り入れられる品目選定のヒントを提供しました」(向川さん)
空知は全国有数の米どころということもあって、やはり主流は水田。転作していても小麦だけの連作または小麦と大豆の交互作で、収量が低下してきているケースが少なくないといいます。
「連作や交互作は雑草も病害虫も増えるので、できれば輪作を普及させたい。たとえばなたねや子実用とうもろこしを輪作に取り入れると、深くまで根が入るので透排水性の改善につながります。メリットが明らかになっていれば、農家の方も取り組みやすいのではないか、と考えました」(千石さん)
透排水性の改善から、有機物を生かした土づくり、そして空知の地域にあった輪作へ——。「土壌物理性改善プロジェクト」の活動は、こうして大きく広がっていったのです。
一体で取り組めば怖くない
プロジェクトの活動で得られた結果は、毎年、冊子にまとめて農業者や関係機関に配布。生産部会や農協でも報告会を行って周知に努めました。おかげで、なたねや子実用とうもろこし、てん菜などの栽培面積も増加し、輪作実施率も上昇しています。
3年間のプロジェクトはひとまず2018年度で終わりましたが、これからは実証試験の結果を踏まえて、輪作の普及にさらに力を入れていく方針です。最終的な目標は「空知型輪作の推進」です。空知型輪作とは畑作物や水稲も取り入れた輪作。透排水性の改善や有機物の投入は、いわば輪作の条件を整えるための環境整備です。
「畑を田んぼにすると圃場がリセットできる。よそに比べると、すごく恵まれた地域だと思うのです。だから、その優位性を生かした空知型輪作をもっと多くの人に実践してもらいたい」(向川さん)
今後さらに気候が変われば、従来通りの方法では収量が上がらなくなる日が来るかもしれません。地道な土づくりや新しい技術の導入は、ますます重要になるでしょう。
「農業者の声から始まったプロジェクトですが、私たち普及員も専門分野や地域の壁を取り払って活動できたのはとても有意義でした。農協、役場、試験場、農機メーカー、振興局など、さまざまな関係機関が連携し地域一丸となって取り組んだことも、大きな推進力になったと思います」(長井さん)
空模様は変えられなくても、変化に備えることはできる。地域のみんなが同じ気持ちになれれば、これほど心強いことはありません。
傾斜均平
レーザーレベラー(均平機)を使えば、圃場の均平化を自動で行うことが可能。0〜10度の範囲で傾斜をつけられ、排水路方向に緩傾斜させて均平作業を行うと、降雨時の表面排水性が改善される。額縁明きょとの併用が効果的。
額縁明きょ
圃場の周囲に掘る排水溝。額縁明きょは本明きょや落水口につないで、圃場外に水を排出する工夫が必要。
心土破砕
大型機械の踏圧などで作土下に耕盤層が形成されがち。硬く締まった土層に亀裂を入れ、透排水性を改善するのが心土破砕。ポイントは畑が乾いているときにゆっくりと施工すること。人の歩く速さと同程度、4km/hが目安。
空知型輪作
空知(水稲地帯)の強みは、大豆や小麦などの畑作に水稲も組み込んで輪作できること。さらに、なたねや子実用とうもろこし、直播てん菜など、気候にあった作物も取り入れ、4年4作が理想。
田んぼから畑作にスムーズにつなげる技術が、水稲の無代かき※1や乾田直播※2。春の繁忙期の代かき作業を省略でき、田畑輪換しやすくなる。
※1.耕うん、砕土後に入水し、しばらく放置後、代かきせずに移植する栽培法。
※2.畑の状態で種子を播き、発芽、苗立ち後に水を入れる栽培法。
活動成果をまとめた「土壌物理性改善のススメ2017」「同2016」は空知普及センターのホームページから入手できます。