この記事は2018年8月1日に掲載された情報となります。
根室管内だけでも年間250件に達する酪農作業現場での事故。こうした状況を改善しようと取り組む根室農業改良普及センターの取り組みをレポートします。
お話を伺った根室農業改良普及センター「チーム農作業安全」の皆さん
(右から大畑和子さん、髙見尚宏さん、木村聖子さん)。
この他、青山勉さん(写真左)を加えた4名で現在は活動中。
重大事故が離農につながるという危機感
根室管内では酪農家戸数が減少傾向にあるにもかかわらず、農作業事故は増加傾向にあります(図1)。
以前から研修会の開催など注意喚起を行ってきましたが、転機となったのは平成26年に起きた一つの事故。家族経営の酪農家の経営主が、事故のため働けなくなり離農してしまったのです。
根室農業改良普及センターの管轄地区には1,123戸の酪農家があり、そのほとんどが一般的な家族経営。酪農の現場では牛に蹴られる、牛舎内で転ぶなどの事故が度々発生しています。
大きな事故の発生は離農に直結してしまう……その現実を目の当たりにしたことが「リスクを把握し、減らすことの大切さ」を再認識するきっかけとなり、同センターでは、翌年職員6名による「チーム農作業安全」を立ち上げました。
可視化で意識を共有する
チームがまず取り組んだのは、「働く人の間で農作業事故のリスクに対する認識が統一されているか」の調査でした。
そのために独自のリスクチェックシートを作成。「項目が多すぎて答えるのが面倒」と言われないよう項目を「農作業全体」「施設配置・環境管理」「牛の扱い」「機械作業」の四つに絞りました。
モデル農場に協力してもらい、農場の一人一人にチームの職員が個別に聞き取りを行いました。その結果、経営主と従業員、そして家族間でも認識のずれがあることが判明。
モデル農場ではこの結果を踏まえ、日常の作業を見直し、リスクの可視化に取り掛かりました。
改善後は、従事者間の情報共有とルールの統一が行われ、作業の効率アップにつながっただけでなく、ヘルパーなど第三者が入った時にもスムーズに対応できるようになったと高評価を得ました。
小さなことの積み重ねが安全性と生産性を高める
農作業事故に対するリスク対策は、決して難しいものではありません。
例えば、牛舎内の照明を明るくし壁や床を洗って清潔に保つことで、搾乳時の事故や牛の乳房炎の減少につながります。
工具や道具を一定の位置で管理するだけで探す手間が減り、時間に余裕を持てます。
作業場に直近の予定を貼っておけば、聞き間違いなどのミスが軽減でき、慌てて作業せずに済みます。
一つひとつは小さなことですが、それを積み重ねていくことで安全性と作業効率が上がり、牛の世話にかける時間が増えて乳量の増加なども見込めるように。
作業現場の改善を行ったモデル農場では、「リスク対策を実践することで事故の減少だけでなく生産性の向上や収入の増加につながる」という成果も出始めています(図2)。
農作業リスクチェックシートによる回答と生産性には相関関係がある。スタッフ間の情報共有など農作業全体の管理が行き届いていると生産性が高くなっている。また施設配置・環境の管理ができていると労働時間が短いにも関わらず生産性の向上がみられる。
思い込みや日常の見直し先を見据えた改善が大切
同チームでは、「大切なのは思い込みや日常を見直すこと。ちょっとした気づきでリスクを減らせます。リスク対策を行うことで一時的には費用や手間などもかかります。
しかし、5年先、10年先を見据えて改善し続けることが長期的に考えると作業面でもメンタル的にもプラスに。
今後は農協やヘルパー利用組合などとリスク管理の重要性と情報を共有し、一体となって安心して働ける環境を整えることで、農業への雇用促進にもつなげていきたい」と話します。
チーム農作業安全による農作業現場での挑戦は続きます。
検証モデル農場での取り組み(例)
本文中のリスクチェックシートなどすぐに役立つファイルをダウンロード!
すぐリスク管理にお使いいただけるリスクチェックシートのエクセルファイルの他、リスク管理事例など農作業の安全管理に役立つファイルをダウンロードできます。
酪農以外の農作業でも参考になります。
ぜひあなたの作業現場でお役立てください。
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リスク管理で生産効率を上げた中村牧場から学ぶ10のポイント
きっかけは従業員の雇用
根室市歯舞、コンブ漁で知られるこの地域で牧場を経営する二代目の中村英一さん。牧場は総面積68haとこの地域では小規模な方で、現在、約100頭の牛をご夫婦で飼育。
繁忙期には2名の従業員が加わります。中村さんが農作業事故のリスクについて考えるようになったきっかけは13年ほど前。
一緒に働いていた父の体調が悪くなったことで、中村さんの負担が大きくなってしまい、毎日2時間程度の睡眠しかとれない状況になったこと。「これでは体がもたないし、事故を起こしてしまう」と感じ、人を雇うことを決断しました。
リスクを減らすことが働きやすさにつながる
中村さんはそれまでも作業のしやすさなどを常に考え工夫を行っていましたが、人を雇うことで作業中の事故に対するリスクについても考えるようになりました。
そして、根室農業改良普及センターの調査に協力するなかで、毎日同じ作業を繰り返すうち身近な危険や不便さを見逃しがちになるのが一番怖いことだと実感したそうです。
そこで安全作業のためのルールを作り、従業員の要望なども聞き入れながら「人が働きやすい環境」を整えていきました。
就業時間もきちんと決め、昼休みの時間も固定。こうした取り組みは働き手にも評判で、中村さんの農場では、同じ人が長く働き続けています。
安全と快適さが作業効率の向上にもつながることを実感
中村さんの牛舎は築50年とは思えないほどきれいで明るく清潔感があります。
床面はこまめに洗い、常に乾いた状態で滑りにくいため作業がしやすく(1)、処理室では、バルクタンクのホースが地面に着かないようにフックを取り付けたことで衛生的で足周りもスッキリしています(2)。
また、牛舎と処理室の間にある扉は、それまでのアコーディオンカーテンから窓付きの引き戸に変えたことで見通しも良くなりました(3)。
屋外では、水切りU字溝の木製スノコを鉄板に変え、重機に耐えられるように改善(4)。
転落事故の危険性があるバーンクリーナーは、傾斜を緩やかにすることで人が登りやすく、万一転落しても軽いケガで済むように配慮しています(5)。
作業のスケジュール面については、時計を見やすい場所に設置することで、感覚で行っていた作業時間が明確に(6)。
ホワイトボードではスケジュールなどの情報がひと目で確認でき、朝の生乳の集荷時間が早まった際も、問題なく対応できています。また、道具の置き場の整理整頓により時間のロスも減り作業効率アップにつながったそうです(7)。
このような努力を続けた結果、徐々に一日のリズムもつかめ、現在は十分睡眠がとれるようになりました。
中村さんは「ある程度の費用はかかったものの、体が楽になりました。そして牛の管理に手をかける時間が出来たことが何よりの成果。これからリスク管理を考える方は、自分本位にならず、普及センターや働き手の意見も聞き入れながら、長い目で取り組むことが大切なのではないでしょうか」と話します。
作業事故のリスクを減らして働きやすい環境をつくることが、品質や生産効率の向上にもつながっていることを実感していました。